2021年04月16日

◉それを人々は「嘘」と片付けます。

◉それを人々は「嘘」と片付けます。

旧約聖書は、これまで二種の代表的な立場から理解されてきました。

最初は、正統主義の立場にみられたように、
「そうであったことを、そうであったとしるしている書物」
と考え、これがそのまま「事実」だとして受けとられるべきだと考えて読まれていました。

ところが、18世紀中ば以後、「歴史的批評的研究方法」が導入されてからは、旧約聖書は、反対に、
「そうでなかったことを、そうであったとしるしている書物」
であると考えられるようになったのです。

ところがさらに、なるほど旧約聖書が、
「そうでなかったことを、そうであったとしるしている書物」
であるとしても、
「それでは、事実はどうであったのか?」
という問いに対する答えが、きわめて動揺的であり、蓋然的であることに気づかされるようになってきたのです。

そこに生み出された問いは、旧約聖書が、
「そうでなかったことを、そうであったとしるしている」
のは、
「いったい、どんなことなのか?」
という設問でした。

その設問がつきつめられた結果、旧約聖書が、
「そうでなかったことを、そうであったとしるしている」
ということは、実は、
「そうであったことを、そうでなかったと断定したからである」
という洞察でした。

それを人々は「嘘」と片付けます。

しかし、この「断定」こそ、実は旧約聖書の基礎となっている「信仰」(隠れて支配される神への信仰)ではないのか。

そうとすれば、
「そうでなかったことを、そうであったとしるしている」
ということから、
「それでは事実はどうであったのか?」(歴史的断定)
という問いよりも,
「そうであったことを、そうでなかった」
としるしているのは、
「なぜだろうか?」(信仰的断定)
という問いの方が、より本質的な問いであり、また、
「そうさせた信仰を問う」
問いこそ、より基礎的なものだということに気付かされたのです。

このように、旧約聖書だけでなく、新約聖書もまた、
「そうでなかったことを、そうであったとしるしている書物」
であり、その
「断定をさせたものは、見えるものによらないで」(第二コリント5:7)
「見ないものを真実とする」信仰でした。

◉「救拯の論理」

そこに読みとられるものが、聖書を貫く「救拯の論理」なのです。

以上を要約的にのべると、聖書を貫く史観(遠近法)とは、
「何が事実であったか?」
という問いを「否定媒介」としつつ、
「何が信仰的真実と受けとられたか?」
という問いの次元で語られているということです。

◉歴史とは?

ここで「歴史」という語義について考えてみます。

「歴史」という場合、すくなくとも次の三つのことが意味されます。

第一は「過ぎ去った歴史」です。

本来、歴史とは、一つの出来事としてひき出せるようなものではなく、それは、その出来事を含む全連関を意味します。

ところでその全連関は、今ここには絶対に回復し得ない、永遠に葬り去られたものです。

第二は、「推論された歴史」です。

これは歴史家が、彼に与えられた範囲の史料を基として、「〇〇の歴史はこうであったろう」と、推定した歴史です。

これは、したがって、100パーセントの確実性(そうであった)をもつものではなく、つねに何らかの蓋然性(そうであったらしい)を出ないところの、想定された歴史です。

第三は、「本来、歴史とはこういうものである」という、歴史家と言われる者のもつ歴史「観」です。

その順序から言えば、これは第二の「〇〇の歴史はこうであったろう」という想定の下される基礎にあったものです。

これは人が意識すると意識しないとにかかわらず、歴史的推定を根源的に決定し、制約する「史観」です。

以上の分析から考えますと、「あったままの歴史」を再現するというようなことは、実はナンセンスであることがわかります。

そうは言っても、人間が過去を認識する場合、上記した第二の方法しかないのです。

そうなると、第二の方法が必然的に立脚している第三の「史観」が、より重大であると言えます。

そこで聖書をみますと、その大部分がやはり、歴史的記述の形式で語られています。

旧約聖書はイスラエル民族史とよべるような記述ですし、新約聖書は原始キリスト教史とよべるような記述です。

◉「一般史」と「救拯史」

しかしそれはよく検討してみると、いわゆる他の「一般民族史」の一種としての歴史とは全く異なったものであることがわかります。

というのは、普通、歴史は信仰を抜きにして見られたものです。

それなのに、聖書の歴史的記述には、明らかに信仰が前提されているからです。

およそ歴史と呼ぶもので、何らかの「史観」に立脚していないものはありませんが、聖書のそれは、「信仰的歴史観」とでもいうべき「史観」に基づく歴史記述です。

ここで普通一般の歴史を「普通史」Profangeschichteとよび、信仰的史観に立脚した歴史を「救拯史」Heilsgeschichteとよびます。

いうまでもないことですが、「普通史」と「救拯史」という、二つの別個の歴史があった、というのではありません。

信仰者は、前者の「普通史」を一般人と共に認める「にもかかわらず」、さらにより高い次元で、後者の「救拯史」こそ真の歴史解釈である、と確信させられるのです。

ここですこし、このような歴史解釈の必然性にふれてみます。

神信仰は「神との出会い」です。

この出会いによって、信仰者は、「自己に」おかれていた焦点を、「キリストに」転換させられ、そこに「主客の転倒」を味わわされます。

ということは、彼はその瞬間から、主客転倒の人生解釈、ひいては主客転倒の歴史解釈を始めずにはおられない、ということです。

このような、人生解釈と神信仰との不可分離な関係を解明するため、創世記からの引用をしてみます。

◉創世記の「ヨセフ物語」

兄弟の嫉妬から少年時代にエジプトに売られたヨセフが、数十年後にエジプトの宰相としてその兄弟に面接した時の言葉を、創世記は次のようにしるしています(創世記45:4以下)。

「わたしはあなたがたの弟ヨセフです。
あなたがたがエジプトに売った者です。
しかしわたしをここに売ったのを嘆くことも、悔むこともいりません。
神は命を救うために、あなたがたよりさきにわたしをつかわされたのです。
この二年の間、国中にききんがあったが、なお五年の間は耕すことも刈り入れることもないでしょう。
神は、あなたがたのすえを地に残すため、また大いなる救をもってあなたがたの命を助けるために、わたしをあなたがたよりさきにつかわされたのです。
それゆえわたしをここにつかわしたのは、あなたがたではなく、神です。」

ヨセフはその言葉の中で、二種の歴史解釈を述べています。

一つは信仰者にも、無信仰者にも明らかな、歴史解釈です。

すなわちヨセフがエジプトに来ているのは、その兄弟が嫉妬から奴隷商人にヨセフを売り渡した結果である、という普通の歴史解釈に相当するものです。

ヨセフはこの「普通史」を述べていますが次には神信仰から見た、この同じ出来事の異なった解釈を、
「それゆえわたしをここにつかわしたのは、あなたがたではなく、神です。」
と述べています。

この第二の解釈が、ここにいう「救拯史」に相当するものです。

それではこの二種の歴史解釈はいったいどんな関係にあるのでしょうか?

「普通史」は、ヨセフの兄弟が彼をエジプトへ売ったという記述で明らかなように、「人間を主体とした」歴史解釈です。

ところが「救拯史」は、「神を主体とした」歴史解釈です。

つまりこれは、過去に対する、神信仰からの再解釈です。

これが「救拯史観に立脚した歴史解釈」に相当するものです。

ところで、この異なった二つの解釈の関係も、
「それゆえわたしをここにつかわしたのはあなたがたではなく、神です」
というヨセフの言葉に表現されています。

◉「救拯史」の焦点は「十字架のキリスト」


神信仰は、つねに「人を主体とした見方」から、「神を主体とした見方」へ転換させずにはやみません。

神信仰は、単にその特定の個人を救うだけでなく、その個人の関わる全連関をも、その現在の信仰から再解釈させずにはおかないからです。

このような、信仰による「過去・現在・未来」の再解釈から結果する歴史解釈を、「救拯史的解釈」と言います。

その意味から、旧約聖書は、選び主なる神に対する信仰から見直された選民史であり、新約聖書は、教会の首かしらなるキリストへの信仰から見直された教会の歴史です。

しかも旧約聖書の選民史は、
「わたし(キリスト)は律法また預言者(旧約)を廃するために来たのではない、かえってこれを成就するためである」
という、イエスの言葉に向かって方向づけられた「救拯史」です。

「救拯史」の方向がイエスに向かう、ということは、「救拯史」の焦点はキリストであるということです。

そして厳密には、復活した「十字架のキリスト」こそ、「救拯史」の焦点です。

それは要約すれば、
第一に、キリストは世のはじめの先から神と共にあり、世のはじめの先から屠(ほふ)られたもうた御方であること(ヨハネ1:1-8、黙示録13:8)。
【参考】
「初めに言があった。
言は神と共にあった。
言は神であった。
この言は初めに神と共にあった。
すべてのものは、これによってできた。
できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。
この言に命があった。
そしてこの命は人の光であった。
光はやみの中に輝いている。
そして、やみはこれに勝たなかった。
ここにひとりの人があって、神からつかわされていた。
その名をヨハネと言った。
この人はあかしのためにきた。
光についてあかしをし、彼によってすべての人が信じるためである。
彼は光ではなく、ただ、光についてあかしをするためにきたのである。
https://www.bible.com/bible/1820/jhn.1.1-8.口語訳」

「地に住む者で、ほふられた小羊のいのちの書に、その名を世の初めからしるされていない者はみな、この獣を拝むであろう。
https://www.bible.com/bible/1820/rev.13.8.口語訳」


第二に、神の国の到来という、神の宇宙救拯の暁、神の国に入国を許される者とは、「屠られたもうた小羊のしるし」を額におびる者に限られている(黙示録14:1、17:14)、ということです。
【参考】
「なお、わたしが見ていると、見よ、小羊がシオンの山に立っていた。
また、十四万四千の人々が小羊と共におり、その額に小羊の名とその父の名とが書かれていた。
https://www.bible.com/bible/1820/rev.14.1.口語訳」

「彼らは小羊に戦いをいどんでくるが、小羊は、主の主、王の王であるから、彼らにうち勝つ。
また、小羊と共にいる召された、選ばれた、忠実な者たちも、勝利を得る」。
https://www.bible.com/bible/1820/rev.17.14.口語訳」


上記の点からしても、「十字架のキリスト」こそ、聖書を貫く「救拯史」の焦点であることが明らかになります。

要するに聖書は「普通史」の概念をもっては解釈できない主客転倒の史観に立つゆえに、読み手は、「普通史」と異なった歴史解釈をなさせた「もの」を究明することをその目標とするようになります。
posted by 道川勇雄 at 06:23 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


< ▲目次・トップページへ戻る >
ツイッター始めました。お気軽にフォロー・コメントどうぞ。(Twitter)